大衆魚を高級魚に魅せる方法のハナシ

「ツーブロックは校則違反か?」
そんな話題が出ていましたが
ちゃんとした理由があればね。
みんな納得できるんでしょうが…。

でもじゃあ全部自由ねってなるとみんな結構大変ですよ。
自由は不自由っていうか。

私はある程度決められたラインの中からギリギリのところを攻めるのが好きでしたね。
「ラインは踏んでるけど越えてはいない」的な
…嫌な生徒だっただろうな。

先生を納得させるのってめちゃくちゃ大変で
あの手この手を使って「まぁじゃあいいよ」まで持っていくのが楽しかったですね。
仲間みんなで勝ちとった感があって。

それなのにあいつらだけズルいなんて言われると悲しかったですね。
いやいやこれを許してもらうのにどんだけ交渉したと思ってんだよと。

みんな誰だって好きなことをしたいし、嫌なことはやりたくない。
でも人生思い通りにいかないことの方が多いわけで
だから思い通りにするために何ができるか考えるのが楽しくて

どんな意見が出てきても応じられるように
丁寧にシミュレーションしたり、ウラをとったり
仲間に協力してもらったり
そのためには常に周りといい関係を築いておかないといけないし
それでも盲点はたくさんあって撃沈みたいな。

やりたいことを成し遂げたいなら偉くなれ!
若いころよく言われましたけど
この歳になってようやくわかったというか…わかりはじめたというか。

基本的に人間にしかできない仕事って
「想いをカタチに」する仕事だと思うんですね。
自分の想いがみんなの想いとズレていないか。
その一点なんですね。
自分が正しいと思ったことがみんなも正しいと思ってくれるか
それの手法を磨いていくことが大切だと思うのです。

勘違いしないでほしいのは「論破」ではありません。
「論破」は何も生み出さないことを知っているから。
いくら自分がやりたいことでも「論破」してマウントをとっても、
周りが嫌々やる仕事ならうまくいくわけがない。
それはただの自己満足と思うのです。

自分が言うことが相手にどんな影響を与えるのか考えず
自分のいいたいことだけ言うのは…ね。

誰も何も言ってくれない。
誰も教えてくれない。
誰も見てくれない。
僕がそう感じたときは振り返ると大概は自分の行動が原因でした。
そんな時、状況を打破できるのは自分しかいないと思っています。
謙虚に。丁寧に。

環境を嘆くよりも
環境を変えられる人間になってほしい。
そうゆう学びを子どもたちはどこで学ぶのだろうと思ったことが
PATCHを立ち上げた要因のひとつでもあります。

勉強だけできたって、次世代では通用しない。
いやいや詰込み教育は次世代でも通用する。

みなさんはどう思われますか?